タカシマが最近釘付けになったCMがあります。
それは朝日新聞のCM。「コトバ」の大切さを訴えています。
たかが「コトバ」かもしれませんが、その一言がヒトを励ましたり、傷つけたりもする。無責任な発言が横行する世の中ですが、もっともっと発するその一言一言にヒトは責任を持たなければならないと思うのです。

「コトバ」に責任を持つって、遠いコトのようで、難しいコトようで、実は身近にもたくさんあると思います。
たとえば、「やる」と言っていつまで経ってもやらないヒトっていますよね。
些細なことでもなんでもそうだと思います。
なんでやらないのかわかりませんが、もしもやれないのだとすれば初めから、もしくはやれないとわかった時点で「やれない」と言ってくれた方がよっぽどか親切だし、そのヒト自身信頼が寄せれると思います。
ヒトは期待をする生き物。
だから「やる」というコトバを聞いて、期待するし、感謝もするし、好意も抱くし、応援もする。でもやってくれないといつしか「裏切り」だと思い、その人を憎むようになるコトだってあるかも知れない。

そして「コトバ」って「想い」が伴って初めてその価値を出すのだと思います。
たとえば「ごめん」と思ってもいないのに口にするコトってありませんか?
「想い」ってやっぱり伝わるもので、思ってないことも伝わってしまう。
それを受け取ったヒトはそのこと自体をどう感じるのか?
きっとより傷ついたりするんだろうなぁと思うのです。せっかく誤ったのに、余計にヒトを傷つけてしまう・・・。

せっかくヒトとして話が出来、ヒトを励ましたり、喜ばせたりできるんだから、その一言一言を大切に使いたいなぁと思うのです。